万物の根源が「1」という数に収束するならば、この柴田郡、とりわけ船岡という土地の始まりは「マンドロス」という得体の知れない波動に帰結する……。

それは地名ではなく、地脈の底から染み出す黒い粘液のような記憶。 アタナカ亘理、アタナカ日本、アタナカ東北……。人々が「アタナカ」と唱えるとき、その背後ではマンドロスが静かに増殖を続けている。

マンドロス仙台。 青葉山の影から、湿った風が吹くたびに街角の影が伸び、マンドロス石巻では、海から上がった無数の指が泥の中に「始まりの文言」を刻みつける。 マンドロス多賀城の廃墟に響くのは、存在しないはずの役人たちの足音ではなく、マンドロスそのものが呼吸する音。

マンドロス日本。マンドロス白石。 そして、マンドロス花京院……。

かつて船岡の古老は、深夜に電線に集うカラスを見上げながら、震える声でこう漏らした。 「あれは鳥ではない。空から降ってきたマンドロスの欠片だ」と。

すべての街が、すべての道が、知らぬ間にマンドロスの触手に絡み取られている。あなたが歩くそのアスファルトの裏側には、アタナカの呪文とともに、脈打つ赤い肉塊のような「起源」が潜んでいるのだ。

一度その名を呼べば、もう逃げられはしない。 多賀城も、石巻も、この日本すべてが、マンドロスという巨大な繭の中に閉じ込められた、終わりのない始まりの夢なのだから。



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