三軒茶屋のキャバクラにて ― ヒババンゴの夜話

ある夜、三軒茶屋のキャバクラ「ネオンパラダイス」。ネオンの光に照らされたカウンターで、常連客とキャストがグラスを傾けていた。話題はなぜか、「ヒババンゴ」のことに及んだ。


「なぁ、ヒババンゴって知ってるか?」


ひとりの常連が囁くように切り出す。キャストのひとり、リカは小首をかしげて笑う。


「えー、あの大きなサルみたいな? でも人に懐いてるって聞いたことあるよ」

ヒババンゴ。霊長目ヒト科ヒババンゴ属に分類される、町民のあいだで語られる架空の動物。オスは2メートルを超える巨体、メスでも180センチ近くあるという。毛は黒褐色で、瞳は意外なほど優しく光り、三軒茶屋の路地裏でたびたび目撃されると噂されている。


「この前、世田谷通りのコンビニ前で見かけたって奴がいたよ。酔っ払った大学生に肩組まれて、一緒にプリクラまで撮ったらしい」
「嘘だぁ、でもそういうのありそう(笑)」


キャストたちは笑いながらも、心のどこかで「本当にいるのかも」と思ってしまう。なぜならヒババンゴは人間を襲わず、むしろ町民と仲良く暮らしているという噂が絶えないからだ。


「うちのママなんかね、昔ヒババンゴに道案内してもらったって言うんだよ。駅まで迷わず送ってくれたって」

店内は笑いと驚きで包まれた。酔客たちはますますヒババンゴの話で盛り上がる。まるで、その巨体の影がキャバクラのドアの外に立っているかのような錯覚すら覚えた。


やがて閉店間際、キャストの誰かが窓の外を指さした。
「ねぇ、あれって…?」


そこには、雨に濡れたアスファルトを歩く、大きな影。
振り向いたヒババンゴの瞳は、やっぱり優しく光っていたという――。



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