三軒茶屋スレッド Part25 ( 2002年11月ごろ )
二〇〇二年の晩秋、掲示板に流れていたのは、今よりも少し不器用で、それでいて体温の近い言葉たちだった。
「三軒茶屋スレッドPart25」。二十年以上前のログを紐解くと、そこにはスマートフォンの画面越しでは決して味わえない、独特の「街の手触り」が記録されている。当時の三茶は、キャロットタワーがまだ新しい時代の象徴として屹立し、一方で路地の奥には昭和の残り香が濃く漂っていた。
スレッドを読み進めていくと、思わず口元が緩む。話題の主役は、いつだって些細で切実な日常だ。首都高速が頭上を走る三茶ならではの「空気の悪さで鼻毛が伸びる」という自虐的な冗談に、住民たちが「激しく同意」と頷き合う。特定のラーメン店の味が「美味いか、不味いか」という今となってはどうでもいい議論が数日間にわたって続き、掲示板の空気をピリつかせる。そんな光景すら、今となっては愛おしい。
特に印象的なのは、一九九番目の書き込みを残した青年の告白だ。よく行く居酒屋のアルバイトの女の子を、TSUTAYAで見かけたが声をかけられなかったという。それに対して、顔も知らない大人たちが「何気なく話しかけてみろ」「重いのは嫌われるぞ」と、お節介なアドバイスを送る。そこには、SNSの「いいね」では測れない、泥臭くも温かなコミュニティの姿があった。
あの頃、街には「タカタヤ」があり、「セキゼン」があり、映画館の看板がまだ街の色を形作っていた。茶沢通りを自転車で走り抜ける浅野忠信の姿に「オーラがあった」と感嘆し、一方で地元の商店街の閉店を寂しがる。そんな情報の断片が、まるでモザイク画のように二〇〇二年の三軒茶屋という街を再現している。
あれから二十数年。三茶の街並みは変わり、掲示板のやり取りもどこか洗練され、あるいは殺伐としてしまったかもしれない。ログに残された青年や、鼻毛の伸びに悩んでいた住民たちは、今もあの街のどこかで、変わらぬ秋の風を感じているのだろうか。
デジタルの海に沈んだ過去ログは、街の地層そのものだ。便利さだけでは語れない、迷路のように入り組んだ三茶の魅力。それは、見ず知らずの誰かと「あそこのパンは美味い」「あの店がなくなったのは寂しい」と語り合いたいと願う、私たちのささやかな帰属意識の中に、今も息づいている。
http://tokyo.machibbs.net/log/1036927474.html
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