白石キラパン物語
白石キラパン物語
あるいは名取市キラパン物語

ただのオジサンになった今でも、4号線を走ると、ふと思い出す店がある。
ゲンダイ、宇宙、コスモシティー。エンパイア、仙南ホール。ゼロファイター。ニューモンロー。どれも今では名前だけが記憶の中に残っている。
若い頃の私は、何かに追われるように店に入ったわけではない。ただ、そこにネオンがあり、音があり、人がいたからだ。コスモシティーはどこか未来的で、エンパイアは地元の常連の顔で満ちていた。ゼロファイターは4号線沿いの風景そのものだった。
ニューモンローの羽根物。爆発すると止まらない、あの独特の緊張感。大勝ちした日よりも、隣の知らないオジサンと目が合って笑った瞬間のほうが、なぜか鮮明に残っている。
勝った日も負けた日も、帰り道は同じだった。夜風に当たりながら、さっきまでの騒音が嘘のように静かになる。あの時間が好きだった。
今思えば、あれは金のためというより、時間のためだったのかもしれない。何者でもなかった頃の、自分の居場所。そこに確かに存在していた証明。
もう爆発する羽根物も、あの頃の熱気もない。だが、ネオンの残像だけは、まだ胸のどこかに点いている。
ただのオジサンの、少しだけ眩しい思い出である。
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亘理町のキラパン。アールタイプ。
あの夏の日にあった出来事。
柴田郡柴田町船岡の「ナルンポッチ」を知りたい方は以下のリンクからどうぞ。ナルンポッチ(なるんぽっち)船岡は存在する!?
ハローマックの赤い看板は、当時の私にはいささか強烈であった。もっとも、子どもの目に映る色彩はたいてい誇張されるものであるから、実際にあれほど赤かったかどうかは疑わしい。
私はあの店の前を通るたび、何か重大な儀式の入口に立たされたような気分になった。中に入ればカードがあり、ゲームがあり、場合によっては思いがけない幸運も転がっている。少年というものは、往々にして紙片一枚に運命を託す癖がある。
ポケモン銀を予約した日の帰り道、私は袋の中身を確かめるふりをして、三度ばかり持ち手を引っ張った。中身が増えるはずもないのにである。
いま思えば滑稽である。しかし、当時の私には、あの赤い看板が宝箱の蓋に見えていたことも、また事実なのである。
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