2017年10月〜2018年1月頃にかけてのこのスレッドでは、高崎という都市の記憶が、単なる「昔の店」ではなく、人間の感情や空気感を伴った“生活の断片”として語られている。


印象的なのは、最初の投稿にある「あばら家の老人」の記憶だ。高松中学の近くにいたというその老人は、窓ガラスの割れた家に住み、通行人へ向かって奇声を上げていたという。昭和から平成初期にかけての地方都市には、こうした「街の異物」のような存在が普通にいた。今なら行政や福祉、あるいは地域苦情によってすぐ不可視化されるような存在だが、当時は街の風景の一部として記憶されている。


また、「高崎駅の立ち食いそば」「問屋町のパチンコサンコウ」「ブロンコ」「フィンランド」「コマスイミング」など、具体的な施設名が数多く登場する。これらは単なる店舗情報ではなく、「青春の座標」として機能している。特に、高校時代に電車内で見かけたOL女性への淡い憧れの投稿は、昭和〜平成初期特有の“通学電車文化”を感じさせる。SNSもスマホもない時代、人は毎朝同じ車両で見かける他人に恋をしていた。


さらに興味深いのは、「チンチン電車」の記憶である。高崎市内を走っていた路面電車の停留所名が細かく挙げられ、「電車山で遊んだ」という書き込みから、都市インフラそのものが子供たちの遊び場になっていたことが分かる。現在では危険として排除されそうな行為も、当時は生活と地続きだった。


「八間道路の夜店」「芋アメギャンブル器」「ヤクザな親父」などの話も、昭和の縁日文化を生々しく伝えている。インチキだと分かっていても、それ込みで楽しかったという感覚には、現代の“完全管理された消費空間”にはない雑さと熱気がある。


後半では、高工定時制や前橋工業短大夜間部の話題が続く。昼は働き、夜は学ぶという生き方が普通に存在していた時代であり、「通算8年間の夜学人生」という投稿には、当時の労働者階級的な上昇志向や泥臭さが滲んでいる。


全体を通して、このスレッドには「高崎が今より荒く、雑で、貧しく、しかし人間臭かった時代」の空気が流れている。パチンコ屋、夜店、定時制、立ち食いそば、路面電車、駅前喫茶店。そこには効率化される前の地方都市の姿がある。そして投稿者たちは、街そのものよりも、「その街で若かった自分」を思い出しているのかもしれない。


参照した期間:

2017年10月8日〜2018年1月28日の投稿。