帰らざる時の記憶。
少しずつ、思い出していく。遠い記憶を。
あの夜の、光の粒。 繁華街はどんよりとした灰色で、ネオンの光だけが、刺さるように尖っていた。 女たちの視線はどこか遠くを向いていて、誰とも目が合わないまま、時間だけが過ぎていく。
二十歳を過ぎたばかりの私は、ひとり、その光の中に立っていた。 ポケットにはいくらかの金があって、それが自分の体の一部であるかのように、ただ重かった。
街は騒がしいはずなのに、私の耳には何も届かない。 客を誘うドレス姿の女たちが、スローモーションのように目の前を過ぎていく。 ラーメン屋から吐き出される、白く重たい湯気。 鼻をつく、豚骨の強い匂い。
雨に濡れたアスファルトは、鏡のように街を映していた。 路面に溶け出したネオンの色。 その極彩色の水たまりを、私はただ、じっと見つめていた。
ネオンを浴びていても、自分の輪郭がぼやけて、消えてしまいそうだった。 少しずつ、思い出していく。 あの、ひどく静かだった夜のことを。
少しばかり、ここに昔の記憶を記しておこうと思う。 あの夜のこと。あの場所にいた女たちのこと。 そして、それ以外の些細な断片についても。
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